小宮一哲さん上海進出と評判、つけめんTETSUに至るまでの経歴や出身、結婚など

『ザ・ノンフィクション 日中共同制作第2弾 男がラーメンに賭ける時』

つけ麺ブームを巻き起こした小宮一哲さんが出演されます。

資本金300万円のスタートから、わずか8年後には15億円で全株式を売却した

小宮さんについて、そして上海進出について調べてみました。

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小宮一哲さんのプロフィール

名前:小宮一哲

生年月日:1976年9月10日(41歳)

出身:東京で産まれる→香川県高松→小学校入学と同時に西東京市へ

小宮さんは厳格な大手会社のサラリーマンの家庭に育ちました。

ラグビーをやりたいという理由で中学受験したそうで、スポーツが得意だったみたいですね

中学時代はケンカも強くて有名で、かつ成績も上位10番以内というやんちゃな文武両道タイプ

高校も希望とは違うものの偏差値の高い私立高校に合格しますが、3日で退学します。

その後、友人のつてを頼ってプレハブ会社に就職し、2年ほどパチンコに通っていました。

友人たちが大学進学や就職する姿をみて今後のことを考え、ロックハンプトンという

日本人のいないオーストラリアの町へと旅立ちました。

そこで英語力を養い、帰国後大検を受検し、短期大学から4年制大学に編入しました

小宮一哲さんさんがつけめんTETSUを開くまで

学生時代のアルバイト経験からモノをうる楽しさを知り、大きな投資が不要なラーメン店の

開業を密かに決意失敗するなら30歳までと決めていたそうです。

就職活動ではユニクロでおなじみの「ファーストリテーリング」に就職します。

小宮さんは、「一年目は食べさせてもらいますが、二年目からは会社を食べさせるように

なります。」と面接で宣言した通りに実力をつけて、2年で退職

さぁ、ラーメン店を開業するぞ!と思った矢先に奥さんの妊娠が判明し、起業は一度断念して

「セコム」に転職します。そこでもトップセールスマンになり、28歳の時、セコムを退職

千駄木にて「つけめん TETSU」をオープンし、独立開業しました

最初の年商はたったの280万円、100万円の借金もできてしまいましたが、

その後は行列ができる有名店としてつけ麺ブームを起こすほど繁盛していきます。

そのきっかけは、前職での経験から導き出した『結果につながる努力をしたかどうか』という

モノの考え方で、繁盛店にする為にメディアに注目してもらうには?を考え続けたそう。

そして、考え付いた焼き石をつけ汁に投入するスタイルで一躍有名店になりました。

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小宮一哲さんの上海進出

ラーメンは、元々中国の麺料理が日本独自の進化を遂げたものですが、今やアジアは

もとより欧米でも「RAMEN」「拉面」という名で日本食としてブームになっています。

特に上海はラーメン激戦区ですが、上海地下鉄の徐家匯駅構内に「豚骨麺 あの小宮」を

2017年オープンしました。

日本と同じ品質のラーメンを出すのに、スープの取り方などは同じようにしているとのこと。

ただし、豚骨などの一部原料が日本の仕入れ価格よりも高いのが想定外だったそう

日本と同じ味で出しても海外で受けないことはしばしばあり、海外出店するラーメン店は

塩味の強さや油の多さ、麺の固さなどで迷うそうです。

小宮さんもオープン当初は塩味を選べるようにしていたが、今は「自分が美味しいと思う

味で食べて欲しい」と、まずは店側で決めた塩度で提供して、あとは好みに応じる

スタイルに変えていったそうです。

中国のラーメン市場は14億人ともいわれ、小宮さんの才覚をもってすれば、今までの

ラーメン界では成しえなかった規模のラーメンチェーンができるかもしれませんね。

小宮一哲さん まとめ

幼い頃よりやんちゃな文武両道タイプで、自分で必要と思うことを考え実行してきた

大企業での経験も生かして、28歳で独立し、つけ麺ブームを巻き起こす

上海でも豚骨ラーメン店を2017年に出店し、奮闘中

最後まで読んで頂きありがとうございました。

他のラーメン職人についても書いていますので、気になる場合はこちらへ→入江瑛起さん